2009年08月30日
TeXユーザの集い2009 参加報告(2)
前半に引き続き。 土曜日ということもあって昼食をとれるようなまともな場所が近辺にないので、事前受け付けで有料のお弁当が提供された。町野さんを見つけて少しお話。その後、「Debian System」制作などでお世話になった三美印刷の本田さんにもお会いして、奥村先生交じえて雑談。今年は美文書の改訂サイクルとのことで期待大。オーム社の森田さんや、旧アスキー/Linux Japanの風穴さん(TwitterではTLで見ていても、実際にお会いするのはすごく久しぶり、Linux Conference以来?)にもお会いする。
午後最初は、「BIBTeXのスタイルファイルをカスタマイズするツールの開発について」大阪大学の萩平さん。
医学系論文執筆に際して大量の参考文献参照にBIBTeXを活用しているが、投稿規定のフォーマットに合わせるのに苦労したため、awkやシェルスクリプトを使って分解再構築を行うツールを作成した(10年前くらいだけど)。BIBTeXの管理機構自体あまりドキュメントがないので試行錯誤しながら解析し、その機能(author書式など)や制約(拡張変数が6つまでしか利用できない、すぐにバッファがオーバーするなど)がわかってきた。完成したツールでは、表記順序や、author数に応じた表現(et al.やカンマなど)を、パラメータで設定できる。
質疑では日本語対応について。日本語BIBTeXでは漢字英字処理や読みなどの日本語用の関数が増えているが、英日混じった状態でauthor名などの処理がうまくいくかは不明。isKanjiスイッチで分ける方法もありそうだけれども、スイッチが肥大化するとBIBTeXのバッファから溢れる恐れがある。
「Geometry 5.0 A more Flexible Interface to Page Dimensions」梅木さん。
geometryパッケージはページレイアウトを簡単に調整できるマクロで、TeXの黒魔術で面倒なマージンやボディサイズなどを、簡易(指定以外のところを補完して、適当に良きにはからってくれる)にも冗長(最大130くらいのオプション)にも設定できる。
2002年に「LaTeX Companion」に収録された際に、F.Mittlbachにいろいろと改良と美感覚(上下あるいは左右のマージンの基本ポリシーなど)の押し付けを受け、改良したものがバージョン3.0。以降、世界的に有名なパッケージとして質問や提案を多数受けることになるが個別対応はしていたものの、リリースとしては放置。2008年に腰を上げてドライバを改良してバージョン4.0をリリース、そして今回のTeXユーザの集いに合わせてさらに改良を重ねており、9月にはバージョン5.0をリリース予定。
Geometryバージョン5.0では、文書の途中でのページレイアウトの変更、ISO B4とJIS B4のサイズ違いの対応、奇数偶数でのページレイアウトの変更、印刷用紙とレイアウトの区別(トンボを打って大きい紙に出せる)、枠表示出力の改良といった機能向上が加わるとのこと。縦書き対応については微妙。新書サイズも入れていないが、寸法で指定すれば使えるだろう。
「koTeX and Korean TEX Society Past. Present, and Future」、特別ゲストのJin-Hwan Choさん。KTS(Korean TeX Society)メンバ。ハングルのTeXでの使用と、韓国国内におけるTeXグループの活動について説明(英語のみ)。
当初、韓国における主要TeXサイトの一方であるChoF's TEX Archiveを開設・保守。ユーザへのTeX(HLaTeX)導入手引きやオンライン議論・情報共有を目的としていた。もう一方にはKangsoo Kimの「LaTeX for Social Scientists」。こちらはその名のとおりの上級ユーザ向け。2001年に統合してKTUG(Korean TeX User Group)を結成。無料でメンバシップはなし。質問板、ニュース、Tips、FTP、CVSなどを提供。その後2007から有料のオフラインコミュニティを構成。現在100人超。定期ミーティングとカンファレンス、年2回のワークショップを開催。CD、DVD、USBメモリでTeXコレクションを配布。「The Asian Journal of TEX」というアジアの言語のTeX処理に関するジャーナルを、香港などのユーザとともに発行。
世界で最大のTeXコミュニティであるドイツのDante e.V.に比べると規模が小さい。Danteは高額な有料会員制度にもかかわらず2000人が参加。カンファレンスも韓国では100人程度だが、Danteは年2回開催で、500人を動員。メンバシップ料金についても悩ましい。若い参加者も入ってこない(40のChoさんが最年少)。ジャーナルの発行もペースを守っていけるか不安。
日本にpTeXがあるように、ハングル向けにはko.TeXがある。ko.TeX以前はKAISTのKorean TeX typesetting systemがあり、ハングルと漢字コードをプリプロセスする。ただMacintoshのPostscriptフォントを使うというグレーというよりも黒っぽい利用方法。1995年からhLaTeXp、1994年から2007年までHLaTeXの時代。英語版TeXには手を入れず、基本的なハングルタイプセッティング機能をサポートする。現在はdhucsというUTF-8サポートのTeXがhLaTeXとセットで使われている。フォントにはUn TrueTypeフォントを使用。
今後はLuaTeXへの期待が大きい。誰が作業できるか。フォントについてはOpenTypeがほしいが、ハングルのフリーで高品質のものがない(政府にも期待できない)。
(韓国でTeXを扱える出版社や印刷所の数を聞こうと思っていたのだけれども、懇親会に出なかったなどの理由で機会を持てなかった。またいずれ機会があれば。)
「化学分野の論文投稿・書籍出版とXΥMTEX」湘南情報数理化学研究所の藤田さん。化学式表現はなかなたいへんで、最初は定規とペンで描いた手書きの図を糊付けして印刷していたというありさま。構造式表現のためにXΥMTEXを開発した。
XΥM ML記法(数学のMathMLに近いもの。CMLは筋がよくないので採用しなかった)で記述することで、TeX EPSやJavaアプレットに変換できる。EPS部分はPSTricksを採用。XΥMの新しいバージョンではクサビ表現もできるようになり、品質が向上している。ステロイドの化学式のようなものも描画可能。
国内外の化学系論文審査システムではオンライン投稿を受け付けており、それに合わせて自身の作業スタイルを確立している。投稿時にはXΥMTeXを埋め込んだ状態で直接PDFを生成し、審査レビューを受けて入稿用にソースからXΥMTeX部分を切り出してEPS画像化し、ソースからインクルードするように手動で変換している。
「dvibrowser〜ピュアJava実装のDVIプレビューア」産業技術大学院の長尾さん。
DVIファイルを監視して更新に追従するTeXプレビューアというのはすでにあるけれども、Java Swingで機種依存性のないビューアを開発した。機能としては、タブ対応、日本語(横組のみ)サポート、非同期ページ読み込み、余白調整、自動リサイズ、簡易ファイラ、自動再読み込み、2400DPIで出力イメージを持っておいてのダウンサンプリング表示(より綺麗に見える)といったもの。Sourceforge上で開発されており、BSDライセンスを適用。EPS対応はまだ部分的。1.0.0を12月にリリース予定。
環境依存にしないように、更新については小さなhttpdを裏で動かしておいて更新メッセージのやり取りを行っている。機能はレイヤー化しているので、サーバでの運用も可能。Google Talkの中でTeXを使うデモ画面(回線の都合でキャプチャのみ)も披露された。今後はビルド支援機能の追加や、付箋やページ間リンク、ハイパーリンクといった目標がある。
「プレゼンテーション資料作成作業へのRule of Three適用支援」物質・材料研究機構光材料センターの轟さん。
プレゼン手法の1つであるRule of Three(重要な事項を3回繰り返して提示する)を作成者に強制化するための提案。マクロで定数を定義しておき、それを呼び出すことで繰り返しの入力のわずらわしさを防ぎ、またわかりやすくする。実装クラスにはseminar.clsとprosper.clsを使い、Rubyのスクリプトでmakeファイルやテンプレートの配備を行う。
Rule of Threeを実践することでプレゼン全体の見通しがよくなり、短い表現で記述する必要に迫られることで翻訳なども容易になる。配布資料もわかりやすくなる。東京理科大学の学生に教えているが、彼らが賞を取ってくるなどの実利的な効果もあった。
(プレゼン手法提案としてはよかったのかもしれないけれども、TeXの講演が並ぶ中での話としては少々退屈だったかな。)
「ptexliveの開発状況と今後」関西学院大学の土村さん。
LinuxのディストリビューションとTeXのディストリビューションというのは、コア+各種周辺があって収録配布方針がそれぞれ異なっていて全体が調和するよう努力が払われていて、使う=ディストリビューションを選ぶ、という観点で同じような感じだよね、というお話からスタート。
そして面倒を避けるためには、(ライセンスを明確にするなどして)ディストリビューションに採用されることが重要、と。
そして日本語TeXディストリビューションptexliveの説明。pTeTeX3の後継に相当。pTeX、mendex、makejvf、新しいドキュメントクラス、UTF/OTF向けのVFファイル、pdvips、pxdvi、文字エンコーディング変換のptexencライブラリなどを収録。和文フォント設定はdvipdfmx由来のupdmapで集中管理する。
ptexencの文字エンコーディング判定は、内部でフィルタ(デフォルトはnkf)を呼び出している。SJIS、EUC、JIS、UTF-8といった文字エンコーディングを使用可能。全面的にUTF-8を採用してスタイルファイルからJISを一掃した。ファイル名の文字コードは守備範囲外だが、UTF-8決め打ちでよいのでは?という意見も。
短期目標としては自力で日本語TeX環境を簡単にmakeできるようにする。中期目標は日本語TeXパッケージ製作者の作業を楽にする。長期目標はpTeX依存のパッチを上流に取り込んでもらい、最終的にptexliveを不要にする。そのためのロードマップとして、ptexliveをtexlive 2009に対応し、ptexencライブラリをCTAN登録、texliveにpTeX+ptexencの採用を働きかけていく。じつはtexliveのw32texは角藤さんがバイナリ作成しているので、ptexliveが引き取られればptex.exeもtexliveにあっさり入っちゃったりして、という妄想もある。
ダウンロードはされているようだが、動作報告がほとんどないのでちゃんと動いているのか少し不安。Wikiに動作報告を寄せてほしい。
(その後土村さんと少しお話した。Debianの日本語TeXの状況については土村さんのところにも要望がきており、ちょっと気にされているらしい。メンテナのmhattaさんとしてはptexencにアレゲパッチ風味が感じられるのと、tetexにパッチを当てる必要があるという点を懸念。ただ個人的にはptexencはUTF-8対応OSを謳うなら入れざるを得ないだろうし、tetexについてはNorbertとはお好み焼き食った仲だしJAISTの客員教授で日本にいるので日本語TeXに必要なんだからなんとか入れてくれと頼むことはできると思う。Squeezeのフリーズ近いのでどうするか早く決めたほうがいいね。)
「FinkにおけるTeXの状況の紹介」東大Finkチームの岡山さん。
東大の全キャンパスを結ぶ計算機システム(ECCS)はユーザ3万人を抱え、主に情報教育の講義用に使用されている。OSは2000〜2001年がNetBSD、2002〜2003年がDebian GNU/Linux。そして2004年からMacOS Xが約1500台採用されている。
MacOS X移行に際して一番の問題となったのは、既存の日本語対応ツール(pTeX、Ghostscript、Emacs、a2ps、……)などがMacOS Xの標準環境に不足しており、日本語環境整備、特にUTF-8エンコーディングへの対応が必要とされた。
Mac OS X向けの追加のパッケージシステムとしてはFink、MacPorts、pkgsrc、easypackages、MacOS X workshopといったものがあるが、ソースとバイナリの両方を利用できかつ国際的に開発されているFinkを選出した。
Finkによる配備のために相談員(mhattaさんや小林さんや郷田さんのいたところ?)による学生有志で東大Finkチームを結成。ECCSで使える品質、Unicodeで利用可能にするためにFinkのソフトウェアの改良やアップロードを行い、Fink本家にも還流した。Fink開発者の1割(10人ほど)が東大Finkチーム。ユーザが何も設定せずに日本語環境を使えるuser-jaパッケージを作成した。
FinkのTeXの状況。GhostscriptにはESP 7.07にOTFヒラギノ対応、縦書き、CJK、フォント埋め込み回避、ps2jpdfなどの拡張を行った。GS 8.xに上げるかとかX11不要版も作るかとかチーム的に悩む部分はあるのだが、そもそも要望がこないのでどうするかはわからない。
pTeXはXのあり/なし版を用意。土村さんのptetexベース。apt-get install ptexで環境を構築できる。UTF-8をデフォルトとしている。texlive2008もテスト中。
現在の問題としては、ドキュメントを書く人が少ないことと、ユーザからのフィードバックが少ないこと。
質疑では学生の卒業サイクルでのFinkチームやTeXの衰えを懸念する質問が。希望者が多いとは言えないが、年に何人かは現れるので廻ってはいるとのこと。また、MacOS Xを導入したものの次のリプレースで辞めている大学も多い中で東大はどうするのか?という質問には、偉い人に聞いてください(笑)だそうで。
「Vine Linux 5.0における日本語TeX環境の特徴」Project Vine/ウルスの山本さん(IRC:munepi)。
先ごろリリースされたVine LinuxのTeX部分の紹介。「Vine LinuxはTeX専用ディストリビューションではないです!」という叫び。apt-get install task-tetexを実行するだけで日本語TeX環境が揃う。
システムのUTF-8移行に伴い、ptexencによる文字エンコーディング自動認識を導入。
OpenTypeフォント用のVF、prosper/powerdot/beamerのプレゼンテーションクラス、奥村さんの最新クラスファイル集、吉永さんのリストマクロ、picture環境のdict2eなどを追加/更新。
和文フォントマップを管理するupdmapのために、OpenType版モリサワ/ヒラギノ/小塚のフォントも使えるようにするハックを追加している。
三美印刷の本田さんの投稿を受けて、fmex9.pfbの左括弧グリフがAcrobatバージョンによって脱落するという問題を解析。修正したtetex-tt2001-fmex789とtetex-bakoma-cmex789を生成し直した。
VineのTeXで目指すもの。開発者、利用者、現場の情報共有。Ubuntuくさい絵だけれども、Vineラヴ。でもウルス社内ではVine使ってない…。
(後で山本さんと少しお話。Debianのパッケージングにも興味があるということで、リクルートしてみた。)
「upTeX/upLaTeXの開発と今後」田中さん。
pTeX/pLaTeXのUnicode化した処理系。競合としては入出力だけUnicodeするinputencパッケージや、Unicodeの多機能を実装するXeTeXなどがあるが、欧文との親和性を保ちつつ、CJKだけUnicode化するような折衷案をとった。アラビア文字、インド系文字、タイ文字といったものを考えるとupTeXで世界制覇は「無理」。
各国語固有の問題への対処。和文の内部コードが16ビットでは不足していたために29ビットに拡張。和文欧文切り替えをできるようにしたことで、pTeXが部分的に阻害していた欧文処理を綺麗にこなせるようになった。ハングルは改行をスペース扱いにする必要があるため、切り替え部分を拡張。ギリシャ文字やキリル文字でいわゆる半角/全角幅が区別されない(ラテン文字は別のコードポイントが割り当てられている)が、マークアップでこれを指定できるようにしている。dvipdfmx、dvips、xdvi、dvi2ttyについてはパッチで対応。dvioutに不具合が少しある。mendexはEUC依存の部分があって難航。
文字が16ビット範囲をはみ出してしまうのでDVI命令set3を利用してU+2xxxx領域の漢字にも対応した。当時から大量の文字を扱うことを想定していたのかと思うとKnuth先生はすごい。
upTeXと競合のΩ、XeTeXなどとの比較。後方互換性、CJK対応、完成度の面で強み。認知度が低いのでがんばる。
自称pTeXの後継者として、今後はptexliveベースにし、関連ソフトウェアのupTeX対応も進めていく。
ChoさんからLuaTeXでがんばればjvmも読めるんじゃ?という提案もあったらしい。
「upLaTeXを用いた多言語文献目録の組版」京都大学の守岡さん。
upLaTeXで「東洋學文献類目」を組版するにあたっての事例。文献類目は1981年から電算化を開始しており、いろいろな言語で発表される文献、甲骨文字などの特殊な言語の固有名詞の登場に対応していかなければならない。
なお、upLaTeXでもタイ文字はパッケージを追加することで(少し呪文を書いて)サポートできている。
XEmacs CHISE拡張で多言語を文字表現できるようにしている。ないフォントについては専門の事務員が外字エディタでTrueTypeフォントを作成。入力できないものはSGMLの外部エンティティ的に表記してXEmacsにそれを内部処理させている。
電子化においては、当初はEBCDIC+JEF+独自外字を用いたLaTeXベースから始まった。2001年からUTF-8+外字とすることで、外字部分については大きく削減できた。処理系はΩ/CHISEで、フィルタを使えて柔軟ではあったものの、処理が遅く、また類目の一部だけを作業ということができなかった。
2002〜2004年はpLaTeX+OTF+CHISE。キリル文字の扱いで苦労する。2005年からupLaTeX+OTF。
Unicodeにない文字が年に数個現れてくる(二度と使われないものもある)。甲骨文字、学説の固まっていないもの、新しい資料。そういうものをタイトルに入れるのは勘弁してほしい。
(守岡さんとは京都のLinux Conference以来かな? 少しお話。XEmacsからGNU Emacsに移行するのも悪くはなさそうだけど、GNU Emacsの中の見通しが悪いのと、XEmacs CHISEで蓄積したものがあるのがねぇ、とのこと。)
「TeXを用いたWeb上での稀覯書の電子復刻」福岡大学の永田さん。
人文研究においては、厳密なテクスト批評に基づく文献研究では稀覯本の参照が不可欠だが、たいていの場合には商用に乗らずに復刻しないという問題がある(そもそも出ないから稀覯書になるともいえる)。
そこで、稀覯書のオリジナルをテキストデータベース化し、TeXのマークアップを埋め込んで、検索や自動組版などの多様なサービス提供を図る。
ドイツ旧字体で書かれた稀覯書「グリム兄弟による子供と家庭のメルヒェン集」が例。
オリジナルは稀覯書室で保存液に漬けた特別な管理下にあり、スキャナを通すと崩壊してしまうので、撮影して、人間によるテキスト化をまず行った。
TeXのマークアップは最小限だが、TeXコメント内に原書ページ番号などのメタ情報を埋め込んでおくことで、後でNamazuによる検索で有用になるよう配慮した。
旧字体にはFraktur書体が使われており、イタリックの概念がなく強調するには文字間を広げる、ウムラウトの代わりに小さなeが使われるなど、特殊なものが多い。khmというドイツ旧字体処理パッケージがある。
レイアウトや書体などを設定して内部でpdfTeXを呼び出し、組版されたPDFを返すというWebサービスを構築した。
質疑ではTEIを使わずにTeXを採用した理由。TeXのほうが美しい組版結果をすぐに得られるという点が大きなメリットという。
閉会の辞は、大会委員長であり、dvioutの作者でもある東大の大島先生。5分のはずが15分くらいお話になられていたような…(笑)。dvioutの開発の歴史にはじまり、今回の発表で見た若手開発者への喜ばしい驚き、そして大会運営スタッフや発表者への感謝にてクローズ。
このあとは懇親会だったけれども、私は夕食の準備のために皆さまにご挨拶して(森田さんのおかげで、編集を担当した「LaTeX2e辞典」著者の吉永さんともご挨拶できた!)帰路へ。
全17講演とあわただしいカンファレンスながらも、内容は充実しており、また時間も各セッションチェアがうまくコントロールして、短すぎず長すぎず飽きのこない楽しい1日を過ごすことができた。運営スタッフ、発表者、参加者には感謝の意を表したい。
なお、会場は大スクリーン、折り畳み式の机、電源、有線(無線も本来は利用できるはずなのだが、日曜日の停電に備えてシャットダウン済みだった模様)を完備し、階段状に構成されていることで後ろの席でも見やすいという非常に優れた場所だった。ほかのイベントでも可能なら使ってみたいものである。参加者は事前登録で70人。
ディストリビューションに関わる者としては、ptexlive、Fink、Vineのお話が一番興味深かった。
今回のアカデミックな雰囲気を踏襲しつつも、次回機会があれば印刷所の立場からのお話も伺ってみたい。
2009年08月29日
TeXユーザの集い2009 参加報告(1)
本日8月29日に、東京大学生産研究所コンベンションホールにて、TeXのコアユーザ/開発者によるカンファレンス「TeXユーザの集い2009」が開催された。重鎮によるディープな話、現在最前線で日本語TeXコアの開発を進めている方たちの報告、新進気鋭の技術やテクニックの発表、と駆け足ながらも極めて密度の濃いイベントとなり、喝采で幕を閉じた。自身のメモも断片化ぎみでまとめにくい。近日に論文資料集が発表されるようなので、詳細についてはそちらを参照のこと。
休日ということで正門しか開いていないという事前情報を基に、最寄り駅である東北沢を使ってみた。本当に何もない駅…。しかも微妙に地図を読み違えて代々木上原まで歩いてしまう羽目に。トホホ。EZナビもわかりにくくて逆ギレしてみる。やっぱiPhoneで大きくGoogle Maps出したいです、という気運が高まってきた。9時に着くつもりだったけれども、会場入りは結局9時15分くらい。時計台が渋い。
本カンファレンスの実行委員長であり、国内のTeXユーザなら誰もがお世話になっている奥村先生から開会のご挨拶。生で拝見できて感激極まる、ありがたやありがたや。後でミーハーに名刺交換もさせていただいた。日本においてのTeXのイベントは久々であり、去年の韓国で開催されたイベントに刺激を受けて今回日本で開催の運びに。可能なら各年で開催し、ジャーナルも出していきたいとのこと。
トップバッターの発表は、「TeX挿図用CASパッケージKETpicの開発と今後」東邦大学の高遠さん。
MapleやMathematica、ScilabといったCASソフトウェアで生成したプロットデータからTeXのドロー描画のTpicに変換するというもの。EPSよりも小さくて修正も容易。
高遠先生はもともと高専の教師をされており、教科書作成の過程でWinTpic、Maple+emathPといったマクロを使ってきたものの、前者はグラフが描画できない、後者は破線処理やハッチングのバグなどいろいろ問題があって、結局Tpicのコードを直接出力するためのKETpicの開発に着手。
CAS対応はMapleに始まって、Mathematica、Maximaと続き、Scilab、MATLABときて現在に至る。
比較的簡単なコマンドでTpicを生成することができ、閉じた自由曲線を描いたり、空間曲線では自動で奥行きに基づく隠れ線処理をしてくれたりする(このあたりはCASがやってくれる)。曲線は滑らか。
挿図による表現があることで、学習者はそれを観察して発見する、というアプローチを採ることができる。
「TeX描画のためのCASマクロパッケージKETpic用GUIの開発」名古屋大学の中村さん。
先のKETpicを全面的なテキスト指定ではなく、もう少しマウスなども併用してポチポチとグラフィカルに操作したり、プレビューしたりとできるようなツールを、MapleのMapletパッケージのGUIコンポーネントを使って実装した。
若干説明が拙かったのと、デモで不手際などがあり、不完全燃焼な発表に終わってしまった感。
MapleのGUIのはOS非依存で動く「はず」だけども、今のところはMac上でしか検証していないらしい。
「独自数式入力システムの開発とTeXのWebアプリケーション化」東京大学の町野さん。
じつは町野さんにはひょんなことから過去に一度弊社でプレゼンを見せてもらってお話などしたりして、発表を見るのは2回目。
講演は堂々としていて聴衆の反応も良く、前回よりずっとうまくできていたと思う。
数式をWebブラウザ上でもっと簡単に書くというテーマを考えている(家庭教師の教え子と写メールで解法のやり取りとかどうなのヨ、という例など)。
Wikipediaでの数式はTeXで一見綺麗だが単なるドットの集合体=画像化されており、数式としての意味がなく、検索もできない。
Suim(Sushiki Input Method)というブラウザ向けフレームワークを作成してみた。TeXコードあるいは辞書で決められた簡易名(sin、sekibunなど)を記入することで、JavaScriptがMathMLに変換し、Firefox上で(テキスト文字として扱える)数式を表現できる。入力してスペースキーを押すことでFEP風に変換するという手段や、入力途中で候補補完表示を行うといった機能も作成している。
とはいえ、MathMLをネイティブにサポートしているのがFirefoxだけという現状が厳しい。
現在はこれらの実装はクライアントサイドのJavaScriptで実装しているが、将来的には辞書部分をサーバーサイドに持たせることを検討中。
また、TeXのセットアップが難しく、人によっても環境が異なるという問題点を挙げて、TeXをWebアプリケーション経由で利用し、ブラウザで記入した内容からPDFを返すという提案も行われた(これについてはほかの発表者ですでに実装した例などもいくつかあった)。
「高校教科書のオープンソース化 (TeXとウェブという視点から)」コンテンツアンドシステムズ、FTEXTの吉江さん。
オープンソースというかCCで出しています、だけど。
中学〜大学・予備校の教師や、プログラマー、大学生・高校生といった幅広い層で形成される「FTEXT」という教材開発プロジェクトで、学習教材制作にあたっている。
高校数学の教科書や、センター試験の解説速報(CCライセンスで提供)、演習問題データベースといったものをTeXベースで制作してきた。
コアメンバが執筆、サイトで意見収集、フィードバックを受けて修正というイテレーション。
フィードバックは現在Acrobatの注釈機能を使用しているが、TeXへの手戻しが悩ましい点。
FTEXTの教科書プロジェクトを推進していく上では、リーダーシップ、数学教育、リテラシーの3面を考える必要があるが、リーダーシップと数学教育の点では韓国の学生の協力を得て英語翻訳が進んでいる。リテラシーについてはできるだけTeX自体を知らなくても使えるような仕組みを構築。
質疑応答では著作権について。入試問題の著作権があいまいでグレー状態であり、本当は入試問題自体をCCライセンスにしてくれるとありがたい。数学以外では物理でやってみている人がいる。英語や国語は著作権がややこしい。歴史は歴史解釈を巡って別のややこしいことになる。数学はWebで見せるのが面倒な以外は、著作権についてはわりと軽めだそうだ。
「TEXとDITA」ネクストソリューションの中野さん。pTeX開発者。うぉー。
歴史をひもとき、国内においては1987年の日本語MicroTeX発売以来の流れを紹介。1990年に東京書籍印刷のpTeXst発売、縦組対応のpTeX 2.99 j1.6p1.0.9リリースとあってTeXによる商業出版の幕が開けた。1992年にpTeX 2.99 j1.7 p1.0.9Fリリース、インプレスが設立されてアスキーのTeX開発メンバがごっそりそっちに行ってしまったよ、という逸話。
日本語TeXの開発・保守においては、TeX最新版への対応を目標にしつつ、とにかく安定性を旨とした。昔の日本語TeXはたくさんのチェンジファイルとパッチの集合。
TeX2.99→TeX3.14での変化が大きかったため、pTeXで拡張していた部分を抽出して1つずつ3.14のチェンジファイルに埋め込んでいった。JIS/SJISなどはバリエーションとして対応。
チェンジファイルが複数あるのは文芸的プログラミングから外れるのでよろしくないが、tieコマンドが登場したことで複数のチェンジファイル+ウェブファイルを1つにまとめることができ、またチェンジファイルの集合も1つのチェンジファイルにできるようになった。
pTeXができたことで、pLaTeX2eや周辺ツールの整備も進んだ。
pLaTeX2eは当初6ヶ月おきのリリースとして積極的に日本語機能拡張を進めていった。
LaTeX2eも当初は開発が活発だったが2000年から鈍化。2000年12月が最後となっている。
2002年にpTeX 3.0をBSDライセンスでリリースし、2003年はpTeXやteTeXがバグフィクスリリースを次々と出すはめになってだいぶ混乱した。
サポートについてはユーザ/ディストリビュータの自主的なパッケージングやサポート、奥村さんのサイトやMLでの質問吸収のおかげでアスキーがわずらわされなくて済んでいる。感謝。
最近の興味方向としてDITA(Darwin Information Typing Architecture)を紹介。
IBMが開発、現在はOASISのトピックベースの文書アーキテクチャで、断片化されたひとかたまりの情報XML文書(トピック)を用途に応じて選択・組み合わせ(マップ)、HTML・PDF・ヘルプファイルなどを生成する。
トッピックは基本トピック(単純で書きやすい文書構造だが要素が不足して検索しづらい)、コンセプトトピック、タスクトピック、リファレンストピック、グロサリートピックという基本構造のほか、独自のカスタマイズトピック、たとえば「学習の進め方」や「シラバス」といったものも作ることができる。タグの名前が違っていても同じ意味を継承するといったことができる。
EWB(!)でDITA的なものを作る例を紹介。体裁、トピック文書、マップファイル、スタイルファイルやトリガという構成から、ドキュメントを生成する。
ちなみにewblibの中にascpsboxとwakuboxというパッケージがあり、これを使うとpLaTeX2eネイティブでページをまたぐ枠を作れる。
質疑では今後の開発についていろいろと。中野さん自身はTeXにはあまりもうリソースを割けず、土村さんや角藤さんらの活躍に期待という模様。
ここでお昼タイムへ。後半に続く。
ビーフシチュー
ステーキの後ではあるけれども、29日の昼間はTeXユーザーの集いの参加でパートナーの昼食がなくなってしまうため、作り置きのできるシチューに。前回の反省をもとに、今回はやや水多めにしてみた。今度は塩気がちょっと少なくなってしまったので、塩を少々追加して調味。
スパゲッティボンゴレ、ナスのオーブン焼き、ツナサラダ
19日の補完。スーパーで遅い時間のアサリだったので、鮮度はいまいちかな…。身の弾力が弱めだったり、中身がなくなっちゃってたり。まぁでも全体の食事の味としてはよし。
ミートボールのラザーニャ風、トマトとキュウリのサラダ
16日の補完。合挽肉・パン粉・牛乳・卵・小麦粉・パプリカ・オールスパイス・塩・胡椒を練ってミートボールにしてオーブンで焼き、適当に切ったラザニアパスタとベシャメルソース、茹でたほうれん草を混ぜたもの。ヨーロッパの食事でよく出てくるんだけど、カネロニとは違うし、なんと呼ぶんだろう。味はおいしいです。さっぱり仕立てたサラダも美味。
2009年08月19日
Subject: FTP Team changes
joergからd-d-a、8月15日。
Alexander 'Tolimar' Reichle-Schmehl、Chris 'lamby' Lamb、Torsten 'twerner' Werner、Barry 'bdefreese' deFreeseがFTPチームに加盟。
[すばらしい。DebConfでの呼び掛けが功を奏した? NEWパッケージのレビューについても進展があるといいね。-kmuto]
Subject: Introducing http://news.debian.net
anaからdebian-projectに。8月3日。
http://news.debian.net/をセットアップ完了。
Debian Projectに関する情報の広報やリンクを掲載していく予定。
開発者/ユーザ向けにあなたが興味深いと思ったニュースを投稿したいなら、http://news.debian.net/submit-news/を参照してお好きな方法で。
このサービスを始めた動機については
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Subject: Bits from the release team and request for discussion
d-d-aにリリースマネージャのlukから。7月30日。
リリースチームにAdam D. Barratt(adsb)、Felipe Augusto van de Wiel(faw)、Jurij Smakov(jurij)がリリースアシスタントとして加入。
次のリリースゴール(RCバグを付けてでも達成するもの(※条件等の詳細は原文参照))を設定。
- multiarch
- 起動パフォーマンス
- 高品質なパッケージ(piupartsおよびその他QA小目標)
- 新しいパッケージフォーマットの準備
- 時代遅れのライブラリの削除
- kfreebsd-amd64とkfreebsd-i386の追加
- 完全なIPv6サポート
- ラージファイルサポート
上記のとおりkfreebsd-i386とkfreebsd-amd64がリリースアーキテクチャ候補に追加された。 現時点ではこれらのアーキテクチャのバグはRCとは見なされず、testingミグレーションにも影響しない。alphaとhppaはリリース対象落ちの危険水域で、移植担当者に質問中。
時間ベースのフリーズを導入。次期リリースの開発サイクルを向上させるものと期待。時間ベースの「リリース」はリリースの品質を落とさないためにもDebianでは行わず、リリースの準備ができたときにリリースする。フリーズのタイミングを12月にした理由としては、DebConf期間中を避け、過去のEtchとLennyが年の始めにリリースされたというサイクルに合わせたから。1年単位のリリースサイクルは短すぎ、3年単位は長すぎてセキュリティサポートも大変。よって2年単位がベストと判断した。
コミュニティからのフィードバックと定めたリリースゴールに基づき、やはり2009年12月にフリーズする。今後主だったチームに、このタイムラインが彼らの計画・スケジュールにフィットするかどうかを問い合わせていく。8月末までにはこの処理を終えて新しい計画を皆さんにお伝えできると期待している。
リリースサイクルのうちの困難な部分が始まった。また共に作業することを楽しもう。Debianがその称賛を受けている、高品質で安定したリリースを生み出そう。
[このあとすぐにMeikeがプレスとしてリリースゴールの内容を出してる……DD同士の議論はまとまらないだろうというのもわかるんだけど、公式な声明として出すには早すぎる感じはあるね。i18n関係でも知己のfawがリリースアシスタント入り。がんばるなぁ。私は今回はリリースヘルパーくらいの作業はしたいけど。 -kmuto]
Subject: Debian decides to adopt time-based release freezes
ちょっとずつannounce系の処理。Meike Reichleより(って夫妻でプレスチームなのか)、7月29日に。海外メディアなどでわりと報道されたので、そこそこ知っている方も多いかと。
Debian Projectは今後、リリース物のフリーズを、2年単位——奇数年の12月というサイクルの時間ベースにすることを決定。つまり、次期リリース物Squeezeのフリーズは2009年12月となり、そのリリースは翌年前半、2010年春の予定となる。
(これまでの曖昧なフリーズタイミングから)時間ベースのフリーズに移行することで、Debian ProjectはDebianの時間ベースのリリースへの一歩を踏み出したと言える。新しいフリーズポリシーにより、ユーザはリリースの時期を予測できるようになり、Debian開発者は長期的計画にのっとって作業できるようになるだろう。2年単位のリリースサイクルは大規模で破壊的な変更にも耐え得、ユーザの不便を軽減するにも足りる。フリーズの見込みができることで、結果的にフリーズ期間の短縮にもなるはずだ。
Debian Lennyのリリースは2009年2月であり、次のリリースDebian GNU/Linux 6.0(コードネームsqueeze)が登場するまでの約1年の寿命となるが、これは今後のタイムスケジュールでの唯一の例外である。長期的計画を考えている組織やユーザのために、Debian Projectは現リリースのDebian GNU/Linux 5.0 Lennyから2つ先のリリース予定のDebian GNU/Linux 7.0へのアップグレードも可能にすることを約束する。
フリーズまでの時間は短いが、Debian Projectはいくつかの大きなゴールを達成できることを期待している。最も重要なのは、multi-archサポート(64ビットマシン環境で32ビット版パッケージのインストールができるように改良する)と、起動プロセスの最適化(高速化と高信頼性)だ。
この新しいフリーズポリシーは、スペインCaceresで開催されたDebian Projectの年度カンファレンス「DebConf」にて提案され、参加したプロジェクトメンバによって賛同された。
[ということで、そのあと「聞いてねぇよ」「なんでdevel-announceじゃなくてプレスから全体アナウンスなんだ」とかフレームになってたわけだが(リリースマネージャのLukの発表の場にもいたけど、賛同というよりも「マジッスカ」という雰囲気が漂ってた)。時間ベースのフリーズにするのはようやくか、という気はする。Ubuntuとの兼ね合いを考えて開始時期をこうしたというのはちょっと引っかかるけど、いずれにしても単に「機能フリーズ」の話であってクオリティにかかわらず「リリース」しちゃえという話ではない。「2年とほんの720日ほどでリリースしました!」なんてことのないようにしたいね。7.0アップグレードについては聞き漏らしたのかなぁ、覚えがない。-kmuto]
2009年08月16日
ゴーヤと豚肉の黒酢炒め、えのきと豆腐の味噌汁、きゅうりのぬか漬け
鰻にしようと思ってたんだけど、非和食希望ということで、黒酢炒めに。ゴーヤとニンニクを炒めて細かく着った豚バラ肉を加え、ピーマンも入れる。黒酢、中華醤油、紹興酒、鳥ガラスープ、塩、甜麺醤、オイスターソースを混ぜ入れ、片栗粉を絡めて出来上がり。お好みで唐辛子を入れても。
ゴーヤの肉詰めスープ
10日の補完。鳥と木耳を団子にしてゴーヤに詰め、鳥皮とピーマンのスープで茹で、ベトナムのニョクマムで味つけ。ごはんのほかに戸棚整理がてら米粉と春雨でも。こちらの食べ方も当然イケる。
鉄板焼きステーキ
7日の補完。米国風なボリュームのある赤身肉を食いたいけれども、近辺では和牛の高くて脂っこいのしかないし、ハナマサは臭うし…。今回は、ハナマサで大きいけれどもまぁまぁ臭くなさそうなのを選び、これを各種スパイス漬けにしてからフライパンで両面を軽く焼き、オーブンでグリルした野菜と一緒にして余熱で中にじっくり火を通すという方法を採ってみた。 クミンを入れすぎてちょっとカレーみたいな味になったけど、臭みはわりと消えてて良い感じ。
豚肉のバジル炒め
6日の補完。自家製バジルの剪定があったので、バジル炒めに。うまうま。しかしバジルは「これまで」よりはましに育っているとはいえ、弱っているところを虫に食われてだいぶ可哀想な状態だなぁ。
2009年08月04日
スペインDebconf旅行 7/28〜7/31
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
28日。Joerg Jaspertの「Debian FTP Team」。帽子を被っていたganneffが帽子を取ると…青毛ブーム? ほかにもFTPチームで青毛に染めていたのがいたので、チームの結束を高める儀式なのかもしれません、よくわかりませんが。
チームやツールの歴史に始まり、トラフィックの管理やライブラリパッケージの移行、experimentalやunstableのチェック、削除作業、パッケージのレビュー、ソースやライセンスの監査、dakの管理、といろいろたいへんなんですよ、というお話。QAや保守されていないパッケージについての作業、バグのトリアージなどをしてくれると嬉しいそうです。
今後はデータベースの更新やtdeb/ddebの対応、builddの自動サイン機能などを目論んでいるとのこと。質疑ではNEWパッケージのレビューに時間がかかりすぎるのでレビューチームを別途組織したほうがよいのでは、という案が出ていました。
誰かFTPチーム加入に興味のある人は?という質問には2人が挙手。
lukの「Stable/Volatile/Backports ecosystem」。正直眠かったのであまり覚えていません。
質疑応答のほうがわりと活発。bpoとvolatileを統合しちゃうのは?でもbpoは公式じゃないしねぇ。bpoまでメンテナがサポートするのは荷が重いよね。bpoやvolatileについてBTSがサポートできていないのは問題では? といった内容。
Franklinの「Hardware Report, Database and PopCon」。
開発者(あるいはユーザーサポート)がいかにユーザーのハードウェア情報を把握するか、ユーザーがいかに自身のハードウェアを動かすための情報を収集できるか、ベンダーがいかにサポート状況を俯瞰してテストできるか、という3つの面から考えた発表。
popcon的なもので自動収集するほかにも、CDを起動してテストツールを実行してもらったり、フィードバックを求めるためのツールなどが必要。
ハードウェアデータベースの原型となる情報は、installation-reportsバグレポート、X.orgのバグレポート、IRCログ、pastebin、メーリングリストなどに散らばっている。
WikiにLennyでのPCI(自動生成)、USB、無線のサポート情報を収集している。
既存のツールとしてはRedHatのSmoltがあるがちょっと大きいのでインストーラに収録するというのはちょっと難しい。hardware4linux.infoにはシェルスクリプトベースの低機能な互換性テストツールがある。
Debianに必要となるテスト・報告ツールは、PythonやHALに依存してはならず、ハードウェア固有ではなく、ネットワークに依存せず、ハードディスクなどのストレージに依存してはいけない、のでなかなか難しい。
インストーラやDebian Liveに統合できるツールがほしい。WindowsやMacOSXでも動くものがあるといい。
質疑では私のやっているHCLを取り上げて(皆このツールは誉めてくれますね)、協業できないの?という話題。特にUSBまわりではFranklinが先行しているようなので彼の助けを借りてlsusb対応したいね、と答えてみました。
もうちょっと余裕ができたら本格的に着手したいと思っています。
Franklinと一緒に昼食(タラのムニエル。ちょっとタラ飽きた…ノーフィーッシュ!)がてら談話。USB周りはかなり泥くさい作業が必要らしいです。シエスタの後に集合写真の撮影があり、夕のセッションへ。
基調講演の「Keynote from the Release Team」は本当はAdeodatoだったのですが、Lukが代行。
Debian関係をウォッチされている方ならご存じのとおり、「時間ベースのフリーズ」と「2009年12月にフリーズするぞ」はこの場で飛び出しました。予想どおりメーリングリストなどではフレームになっているのですが、この講演のときでは質疑応答で疑問の声はいくつか上がりはしたものの、どちらかというと「できるのかねぇ、無理でないかねぇ、まぁリリースマネージャのLukがやるといってるからやるのかねぇ」という雰囲気が漂っていました。ソースバージョン3もやるとかやらないとか。
i18n sessionその3はパティオにて。前日のDDTPの続きで、コーディネータを置いて全体にかかわる統一作業およびそのnotifyを行う方法や、管理ページの提供などが議論されました。また、Rosettaのような訳のSuggestion機能もほしいという要望が出ていました。また、Ubuntuでも独自の訳が行われているようなのですが、たとえばUbuntuの翻訳→Debianの翻訳→またUbuntuの翻訳 のような変化をトレースできるか、全部Suggestion化するのがよいのではないか、といった話もありました。Rosettaの競合とされるPootleについては今のところあまり進展はないようです。
「Debconf 11 in your city」。来年にニューヨークで開催されるDebconf 10のコーディネータを務めるJimmyからまずは発表。大学の夏休み期間を利用するようです。
そして、Debconf 11の開催を目論む恐れ知らずの今回のbetは、eddypらがコーディネートする旧戦場のボスニアヘルツコビナと、ganneffやreneら超攻撃的布陣のドイツ。ボスニアも今は安全で良いところ、ごはんも各地の味がミックスされておいしい、そうです。かたやドイツは3箇所からまだ絞り切れてはいないものの、設備面では揺るぎない自信。まだ結果は出ていませんが、うーん、ganneffという最強のorgaチームメンバーを有するドイツのほうが優勢ではあります。しかしドイツはごはんおいしくなさそうだなぁ…。
日本での開催についてはiwamatsuさんとも帰りの列車で話したのですが、使えそうな大学寮というものがないこと(過去のDebconfでは夏休みに学生が寮から追い出される期間を使うことが多い)、独立法人系の施設は規約がうるさいし、観光地は修学旅行とかち合う、といったあたりが問題です。もちろんお金の問題もあります。今回は250人くらいを面倒見ている勘定になります。
夕食はフォーマルディナー。ジャケットをはおってたり、民族衣装を正装したりと飾る人もあれば、いつもどおりTシャツ短パンの人もあり。
会場はえらく遠かったのですが、ハモンとチーズの盛り合わせ、生野菜サラダ、じゃがいもサラダ、グリルされた豚肉・ソーセージ・鶏肉、ケーキと盛り沢山でどれもおいしく、満足満足。
フラメンコショーも披露されていました。
テーブルはtbmとkurtと一緒のところ。隣のUKな人は日本にときどき出張してて、日本の夏は暑くてじめじめしてて辛いよねーということを話してました。
さて、ディナーに満足はしたものの、12時過ぎても皆さん一向に帰る気配はなし。正確には11時頃にganneffらorgaチームの主要メンバーが帰っていくのを見た気がします…。どうしろとおっしゃる。tbmと現地のスペイン人らと帰ることにしましたが、FdS方面に行くのは私とそのスペイン人たちだけということでtbmは途中でお別れ。で、なぜかバールに。ジュース一杯で済ませて(おごってもらっちゃった)、次いこうよ!という2軒目を回避し、なんとか1時半頃にはFdSに帰りつきました。彼らのほうはまだまだバール巡りする気まんまんのようで戻っていきました。別行動のmkouheiさんたちも似たようなもので、帰ってきたのは3時くらいだった気がします。長い28日を終了。
29日。Debconfは30日まで続くのですが、私たち一行はこの日でマドリードに帰ります。
朝食は油ギトギトのドーナツが出てきてちょっと参ったのですが、結局食べちゃったり。
FdSをチェックアウトして荷物をhacklabまで運び、GPGサイン交換などをして時間潰し。
i18n sessionsその4の最終回は終盤ぎりぎりでお別れとなりました。
議題はWikiの翻訳で、ikiwikiのコンテンツをpo化して翻訳できるかも、という話や、コンテンツの編集にテキストエリアフォームではなくダウンロード/アップロード機能が次のバージョンから使えそうという話題がありました。
行きと違って今度は気動車でした。座席は行きよりも広くて楽だったのですが、気動車特有の振動と音がちょっときつめ。到着も30分近く遅れました。
アトーチャ駅の待ち合い所は巨大な熱帯植物園になっていました。高い天井に届かんばかりに育った植物がすごい迫力です。
地下鉄でSol駅に移動し、Modernoにチェックイン。冷蔵庫がないのが残念ですが、清潔で静かです。無線LANもここは無料(フロントでIDもらう必要あり)。近くのEl Ingresでおみやげを調達し、Museo del Jamonで夕食。下は混んでいたし、最後にちゃんといいものを食べよう(フォーマルでだいぶ食べた気もしますが)ということで、上のリストランテのほうへ。シャンデリアが飾ってあってだいぶ高級感があります。セルベサ、エビのオイル煮、肉詰めマッシュルーム、サルシチョン、ハモンサラダ。どれも美味、美味。
明けて30日。この日の午前はなかなか忙しかったです。起床してmkouheiさんと散歩へ。聖堂と王宮を見物して、朝食探し。おいしそうなたくさんの焼き立てパンを抱えた人がカフェに入っていくのを追いかけてそのカフェに入り、クロワッサンと紅茶、オレンジジュース。直感のとおり、大きくほんのり甘くてさっくりふわふわの良いクロワッサンでした。ホテルに戻ってから10時のEl Ingres開店を狙って残りの買い物を大急ぎで。10時40分に戻ってパッキングしてチェックアウト、10時50分頃にはタクシーに乗って空港へ。朝のマドリード、特にSol近辺は混雑や工事の影響でなかなか進めません。それでも裏道などを駆使して30分ほどで空港に到着しました。
さてタイ航空のカウンター…に向けてまったく動きのない行列ができています。出発2時間前でまったく動きなし(エコノミー用には1つしか開いていない)。結局1時間前くらいにカウンター増やして泥縄対応していましたが、ようやくチェックインしたときには出発まで残り50分。これは買い物してる時間とかないですね…。バンコク-成田の席が勝手に変えられていたので「なんで?」とクレームつけたのですが、これは後に理由判明。 出国してゲートに向かう頃には出発時間ですがまだゲートが開いていません。20分ほど経過してようやく搭乗開始。後ろの席だったので早いうちに乗りました。 乗ってからも離陸まで30分くらいかかってた気がします。バンコクで乗り継ぎ1時間しかないのに大丈夫だろうかと思いつつ、ここまできたらあとはこっちの責任じゃないのでなんとかなるだろうと寝たりDSしたり。夕食のタイカレーは久々のごはんでおいしかったです。
31日。朝食にオムレツが出ましたがひどい揺れでとても胃が受けつけません…。フルーツとジュースで凌いでいました。飛行機は時間を取り戻していて、バンコクの乗り継ぎも余裕。行きと違って乗り継ぎも短く、ゲート前で座ってぼーっとしているうちにiwamatsuさんたちもやってきました。さすがに成田行きなだけあって、あちこちから日本語が聞こえてきます。 さて、席が勝手に変えられていたわけですが、機材が変わっていました。ガラガラだったので別の小さいのにしたのか、たまたまモデルチェンジの時期だったのか。2-4-2の窓際だったのですが隣に座られて苦しかった(前後も狭いのでかなり辛い)ので、離陸後に4席のほうに移動して、2席分を占拠してぐっすり寝ていました。
定刻に到着した成田は曇り。もっと蒸し暑いかと思っていたけどちょっと予想外でした。帰路はさすがに疲労でぐったり。帰宅して念願の豆腐と野菜炒めを食べて日本に帰ってきたことを実感した次第です。ただいまー。
スペインDebconf旅行 7/26〜7/27
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
26日。ひたすら晴れ。暑いというか強いです。朝食は毎度FdSにてハムチーズサンドイッチと紅茶。
朝のセッションはPhillipp Kernの「News on Debian Autobuilding」。builddの管理体制と、リクエストを送るときの連絡窓口などについて説明されました。現在のbuilddの問題であるdep-waitのもっと迅速な解決や、プライオリティごとのビルド、failedログの処理などが達成目標に挙げられています。また、バイナリアップロードについては現在のincomingキューとは別のところに置くかもしれないということです。あと、PTSのbuilddビューインターフェイスについては現在out-of-dateだそうな。
tbmの「Using FOSSology for license analysis in Debian」。そういえば彼はHPに行ったんですね。FOSSologyはHPが作ってるコードライセンス解析ソフトで、リポジトリにアーカイブファイル(deb、rpm、tarなど)をインポートして、その各ファイルのライセンスを検出する。BSDライセンスでホルダーの名前を変更しているといった場合や、GPLのバージョンでも追跡できる。操作はWebベースで、PDFにエキスポートできるといいよね、という意見が出ていました。講演後tbmに速度について聞いたところ、Debian lennyアーカイブのソースコード一式で20コア回して4〜5日はかかってしまうそうで、もっと早くするよう努力中だそうです。
Joey Hess「not your grandpa's debhelper」。グランパー!
現在dh_makeで作るようなrulesは大量のdh_*ヘルパースクリプトで構成されているわけですが、これをもっとまとめたdhコマンドを作ったよ、というお話。dh build、dh clean、dh binary-arch、dh binary-indep、dh binaryにまとめられて、さらに言えば
#!/usr/bin/make -f %: dh: $@
になってしまったり。cdbs同様にオプションや言語固有の設定、VCSとの連携なども用意されていて、なかなか良さそうです。
enricoの「DDE: Debian Data Export」。Debianの各種情報にアクセスするインターフェイス、なのかな。別の作業をしていたので詳細を追っていなかったです。
昼食はパエーリャとサーモン。パエーリャはまぁまぁだと思うのですが、やはり米がいまいちです…。
Rubyメンテナとしても名乗りを上げているLucasの「UDD: Ultimate Debian Database」。
Debian/Ubuntuのパッケージ情報やpopcon情報、debtags、LDAP、アップロード履歴、DDTP、testingミグレーション、バグ、NEWキュー、lintian、スクリーンショットURL等々といった情報を全部PostgreSQLデータベースに突っ込んでデータマイニングしてみました、というお話。merkelやaliothでも試せる。意外と皆さんPostgreSQL好きなのね。ミラーサイト情報もつっこめるとCDNにいいかもとちょっと思いました。
Andreas Tille再び、「Application of Ultimate Debian Database in Debian Pure Blends」。Debian Pure Blendsと総称するDebianサブセットディストリビューションを作る上でいかにUDDのデータベースを生かすかという話。
これまではアーキテクチャ固有のPackages.gzを拾ってきて解析して、DDTPの訳データもダウンロードして、BTSからはSOAPでだらだら取得して…とたいへんだったんだけど、UDDのおかげでサブセットを構築したりその情報を一覧表示したりするのが容易になった。
最後にi18n sessionsその2。今回はDDTPについての議論で、KDEパッケージやカーネルパッケージのように同じパラグラフだったり更新が早いわりにテンプレート化できそうな変更しかないものをもっと機械的に対処する機能の要望。要は現在のファイル単位ではなく、パラグラフ単位で管理したい。popconの統計上位のパッケージを重点対象として表示できるといいよね、という案も。各チームのDDTPコーディネータも出してもらったほうがよいかな、という話もありました(日本だと誰ができるでしょう?)。それから、現在のDDTPにはfuzzyマーカがないのでほしいという意見も出ていました。
夕食は鶏肉グリルと卵スープ。これはおいしかったです。
27日は近郊のキャンプ場までデイトリップ。バスに揺られて2時間、緑と渓谷が広がります。サンドイッチと飲み物の入ったランチボックスだけを渡されてあとは自由行動ですが、私はjoeyhとiwamatsuさんと一緒に山登り。登った先にはすごく綺麗な岩場と川があります。水着を持ってきてよかった! 水は冷たいけれどもtbmと滝に打たれてみたりと大いに楽しみました。
帰路の途中で屋外カフェ。山登りと水泳でくたくたのところでこのキンキンに冷えたセルベサは1、2を争う旨さ。しかし、併設された岩のプールでjoeyhが足の指を切ってしまい、けっこうな騒ぎになってしまいました。
結局、病院で数針を縫うというくらいでバスにも戻ってこれて皆一安心。痛む体の節々を抱えつつ、宿に戻ってから夕食を取り、倒れて27日は終了。ふー。
2009年08月03日
スペインDebconf旅行 7/24〜7/25
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
24日。朝食はFdSにて。時間の経ちすぎたパンケーキと紅茶。うーむ、微妙です。
身支度をして会場に向かいます。Caceresはのどかなところですね。
基調講演にbdaleの「HP and Debian」。前振りのExtremaduraの偉い人がスペイン語で長々と語っていて、debconf IRCでは「なげーよ、おいだせよ」という声多数(笑)。bdaleの講演はまぁポジショントークで、HPがいかにLinuxやフリーソフトウェア、Debianと協力関係を続けてwin-winしたいか、というお話。HPとしてはコモディティなマーケットよりももっと専門的な領域で勝負したい。ユーザーエクスペリエンスを重視し、開発者としての立場ではもっとHPの成果を使ってもらって利益を得てほしい、企業としての立場ではカスタマーにお金をもっと使ってほしい。AppleやMicrosoftよりもHPはオープンソースなライセンスを尊重している。Debianについては、企業による提供ではないこと、組み込み向けにビルドできるソースが揃っていること、内部開発者にとって優れた開発プラットフォームであることが魅力。最初のmaster.debian.org以来、長年にわたってDebianにサーバーを提供し続けてきて、米国ではcrypto(暗号アルゴリズム)のmain化入りに際して法的支援を行い、Debconfでは毎年スポンサーを務めてきた。そして、最初にして現在唯一かもしれないDebianをサポートするメジャーなサーバーベンダという立場にある。HPはDebianを含めて多数のLinuxディストリビューションをサポートしており、広範囲かつ詳細なサポートを提供できる。
昼食タイム。再びタラフライと、伸びすぎたパスタ。ビールはやっぱりうまいです。
午後のシエスタタイムはhacklabでdebian-installerの翻訳を完了しました。
夕方からDebconf再開。Welcome Talkでは、orgaチームとローカルスタッフが壇上に上がり、これまでのDebconfの軌跡のビデオの上映、皆への感謝が示されました。今回は40ヶ国以上から参加。2つの講演ルームと1つのBOFルームがあり…まぁ詳細は配布した紙を見てね、と。昼食の後はシエスタタイムを取っています、とな。
このあとAndreas Tilleの「Free beer, Power and Knowledge」を聞いたのですが途中で眠くなってしまったため、FdSに戻り休息。山頂のカセドラルも見てきました。夕食はツナサンド、ちょっと薄いコーンスープ、ビール。hacklabに戻ったらeddypにつかまってHCLについてしばし意見交換。lsusbでのサポートねぇ…。数日後にFranklinがDebianのハードウェアサポート情報について話すので、それを聞いて考えることにしました。
夜はanibalとdonによる「GPG keysigning party information/discussion」。
署名/暗号に使うGPG鍵が確かに本人所有のものであることを示すGPGサインパーティは、特にリモートでやりとりすることの多いDebianでは重要なのですが、2列でぐるぐる廻って延々とサイン交換する従来の方式は時間がかかるし事務的でつまらん、偉い人は参加しないし、ということで今回からちょっとやり方を変えてみるよというお話です。
鍵リストのハッシュを事前に各自調べておいてそれとまず照合するというのは従来と変わりませんが、参加者バッジにはリスト内の番号が入っているので、あとは各自適当なとき——食事、hacklab、デイトリップといったタイミングで、相互に照合作業をして軽いおしゃべりもしましょうということになりました。従来型のキーサインパーティがマドリード戻り日と重なっていて困っていたところだったので、これは実に助かる案です。さっそくnoel、chris、eddypと交換。さて、いくつ集まるかな、と。
25日。「License Compatibility」BOFは部屋の設備が悪い(音がこもる、エアコンを点けるとうるさくて聞こえない、スクリーンがない、…)のと、講演自体にあまり中身がなかったので、聴衆は不完全燃焼。Winixという新モデルを提唱していましたが、インパクトはありませんでした。講演後、スペイン人のreneにつかまってフリーソフトウェアモデルを図式化したものの日本語訳をすることになりました。
「Counting Debian」。Debianのいろいろな統計情報を並べてみるという講演です。
SLOCCountというソース行ベースの統計でディストリビューションを形作るコードを観察し、たとえば開発言語ではC、C++、シェル、Javaという順序で使われていますが、過去との比較で見てみるとCがじわじわ減ってきていてC++が増えている、という結果が出ているようです。
統計についてはlibresoft.esのページで公開されています。
質疑ではDebian独自パッチのほうも集計するといいんじゃないかとか、ライセンスで分けてみるといいんじゃないか、といった意見が出ていました。
「Terms in Debian: Finding and integrating new members」。おもしろかったけど奇妙な講演でした。いかに人をDebianに呼び込むかについて、Gregor Hermannは聴衆を催眠状態に持っていってどのように各自がプロジェクトに興味を持ち、誰にコンタクトを取り、どのような活動をし、どのように助けを受け、どのような失敗や成功をし、どのようにメンバーとして迎え入れられたかを問うていきます。事後にはGNOME関係の人やdebian-edu関係の人がそれぞれの体験を語っていました。
「pam-auth-update」。vorlonの発表。Everybody hates PAM!(by madduck)という声もありましたが、PAM認証機構をpam-auth-updateモジュールインストーラとdebconfインターフェイスを使って設定できると便利だよね、というお話です。PAM周りは複雑で挙動が謎なところも多いので、すっきりしたデザインになるのは歓迎です。Ubuntu 8.10ではプロトタイプが入っており、Debianではsqueezeから導入予定とのこと。RedHatにも似たようなものがありますが、Debianではもっと自由に設定できるものがほしかったから作ったそうです(構想6年、うち3年はリリースマネージャで忙しかったので登場したのがようやく今ということです)。詳細についてはUbuntuのWikiを参照。
我らがDPL、Steveの「Where does Debian fit in?」。Ian Murdockに始まるDebianの黎明期と2009年の現在を比較し、Debianを取り巻く状況を語りました。
"Universal Operating System"という私たちの目標は達成に向かっているのか、データセンターvsデスクトップのような矛盾する要求に応えられているのかを自問し、チームの協力体制についても疑問を投げかけました。
そして、バイクシェードについてくだらない議論をしたり新しいアイデアに「No」と言うよりも、「Yes」と言ってみよう、と述べ、Debian内のほかの人たち、ユーザー、上流開発者、Ubuntuを含めたほかのディストリビューション、そしてあらゆる人たちと、コードを共有し仲間意識を共有しよう(share the code, share the love!)としめくくりました。
Larsとholgerによる「Trust is good, control is better」。
主にpiupartsというQAツールの説明で、pbuilderを使ってクリーンな状態からのパッケージのインストールと削除が正常に動作するか、ポリシーに適合しているかを自動で検証するものです。
HPの2台のマシンで動作しており、なかなか良好な結果が得られているそうです。squeezeでの品質向上に役立つことが期待されます。
「i18n sessions」。期間中計4回開催されたBOFで、私も属する国際化チーム(bubulleが主幹)のミーティングです。初回はwikiの翻訳について議論が行われました。wikiは変動が激しく(moving target)、翻訳追従は骨の折れる作業です。po4aを使って変動する箇所とあまり変動しない箇所を分けて翻訳できるようにならないかという案が出ていました。また、リリースノートについても現在のxmlでは編集・更新で終盤ひどいことになるので、リリースノートをwikiに移行してみようかという方向になりました(いくつか課題・問題はあるために今後継続協議)。
i18nの作業者が減りつつあるのではという懸念も出ました。Debianから何らかの形で翻訳や国際化の作業に金銭支援をする方法はあるかという議題も出ましたが、結論は出ませんでした。集合するなりリモートなりで翻訳パーティをしてみないか、というアイデアがあり、日本でも勉強会などの場をお借りして作業できるとよいかなと思っています。
DDTPの話題では、パッケージのITP時にテクニカル面での議論のほかに説明文(description)についてもレビューすべきではないかという提案が出ていました。
夕食の写真を撮り損ねました。なんだったっけ…。スペインでは犬は飼い犬をよく見かけるのですが、猫についてはほとんど見かけませんでした。宿周囲に2匹だけ。
夜はチーズ&ワインパーティ。私も梅酒を持参して好評でした。台湾から来たAndrew Leeはお茶コーナーを作っていました。henrichさんをholgerに紹介する役目も無事達成。12時頃に私は戻ったのですが、最後は4時までやってたらしいです…。25日終了。
スペインDebconf旅行 7/22〜7/23
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
コルーニャで日焼け、というよりむしろ足のほうはひどい火傷の症状で21日のプラド美術館のあたりからだいぶ苦しんでいました。立ち座りのたびに激痛、ずっと同じ姿勢(立ってたり寝てたり)だと疼痛、と要はどういう状態でも痛い。もっと早くに冷やしておけばよかったのですが、それに気付くまでに時間をかけすぎました。
22日。マドリード自体の観光もいいけど、近場にデイトリップするのもいいよね、ということで、トレドに行くことにしました。アトーチャ駅はすぐ近くだし、自分がガイドを買ったときと違って今は特急でわずか30分で行けちゃうらしいです。チケットセンターでトレドまでの片道切符を購入。時間までカフェでまったり朝食を取りました。アンチョビがごろごろ入ってるダイナミックなサンドイッチですが、食べているとだんだんと旨みを感じられるように。トレドとの鉄道は長距離列車扱いで、乗る前に手荷物検査があります。車両と座席は快適。mkouheiさんの携帯も受け専から発信もできるようになっていました(Yoigo店員のミス?)。
定刻トレド到着。駅舎からして建築様式が素晴しいです。トレドの旧市街へは歩いて15分ほど。
キリスト教、イスラーム、ユダヤ教それぞれから占領されたり影響を受けたりしてきた都市なので、建築も混ざってます。
観光地なのでおみやげ物もいろいろ。まだ旅程は先が長いので何も買えませんが…。
街の中心である教会大聖堂を見学してきました。
お昼はカフェで。私が選んだのは3品のコース。ハモンとチーズの盛り合わせは最高。ミートボールにツナソースというのはちょっと不思議味。そしてデザートにはスイカが出てきました。日本人にナイフとフォークでお上品にスイカを食えというのも無理な話で、3人で分け合って手づかみで食うわけです。
トレドでは周遊バスに乗れ、ということでチケットを買ってトレドの外周をぐるりと周るソコトレンという汽車を模したバスに乗ります。山あり谷ありでなかなかおもしろいコースですが、狭い上に後ろ向きだったので、首が疲れました。
さて帰ろうかね、と思ったのですが、本来1時間に1本の列車が16時台にはないという罠。マクドナルドでジュースを買って休息し、列車に乗ってマドリードに戻りました。
夕食はプラド近くのバール、BAR MUSEO。ベーコンとピーマン、タラのマリネとトマトとチーズ、チョリソーとトマト、エビとニンニクマヨネーズと頼んだらどれもパンに挟まってきたのは想定外でしたが、どれもおいしかったです。ここの白眉はじゃがいも。茹で加減と揚げ加減の絶妙なじゃがいもに、トマトやタバスコなどを混ぜて作ったピリっと辛いブラバスソースがかけられていて、実に美味。充実して22日を終了。
23日。朝食にホテルのカフェでハンバーガーとオレンジジュース。朝から不健康な気もしますが、佐世保バーガー以上のボリュームで肉も野菜もがっつり食べられるのは嬉しいです。パーティ最後の1人のhenrichさんも無事に到着。お昼にホテルをチェックアウトして荷物を預け、ソフィア美術館を見学。iwamatsuさんが全員分のチケットを持ったまま先に進んでしまい、残された人々が途方に暮れるという事態になりましたが、私のほうで追加でチケットを購入してiwamatsuさんを探し、なんとかmkouheiさんとhenrichさんにも見る時間を作ることができました。ソフィア美術館はプラドと違って現代美術中心。あのピカソのゲルニカもあります。こちらはガイド本と違って写真OKでした(それなら置いていかずに持ってきたのに…)。ピカソ、ダリ、マグリットと巡って大いに満足。
お昼はバールでフィレステーキサンド。肉うま。henrichさんの旅装がやや心許なかったので、OpenCorやスポーツショップで買い物もしました。
荷物を回収して、いよいよ向かうはCaceres。アトーチャ駅でも数名のDebconf参加者に会いました。列車のTALGOは内燃機関車にひっぱられるタイプのもので、快適ですが若干足が狭い。コンパートメントを予想していたのですが、単に2-2が並ぶシートでした。これならキャンセルする必要なかったなぁ…。何もない荒野を4時間近くひた走り、Caceres到着。降りてみるとまさにDebian列車で、20名くらいいたような気がします。orgaチームのAnaの手引きで各自タクシーなり徒歩なり。荷物が辛そうなのでタクシーを選んだのは正解でした。
Debconfフロントデスクで登録し、宿舎へ。今回のDebconfは会場とセットになった宿舎と、少し離れた旧市街の宿舎FdSに分かれていたのですが、私たちはこのFdSのほうにアサインされていました。これが(特に荷物を抱えて道もわからないときには)恐しく大変で、急な山道を汗だくで登ってうろうろするハメになりました。駅から歩きだったら遭難してたかもしれません。城塞都市の名残りで迷路です。FdSは少し高級めな安宿というところでしょうか。バストイレは共同ですが、4部屋あたり2つ用意されているので競合することはほぼありません。ベッドは固くて薄くて死にそうです。ネットワークにはDebconfチームによって無線が用意されていました。夕食にすべり込み、bubulleらの旧友にHelloを言いながら食事。タラのフライ、ポテト、ケーキ。フライはけっこういけました。ケーキはかなり甘くて重いです…。赤ワインが壷に入って各テーブルに置かれています。ちょっと苦くて渋いので、炭酸水とミックスして飲むもの。ビールは時間帯によってはサーバーで入れてくれます。Hacklabでjoeyhやotavio、simon、enricoらにもHelloをして23日は終了。FdSの中庭で大音量でDVD上映をしていたのは参りましたが、耳栓をしてわりとすぐに寝てしまいました。
2009年08月02日
スペインDebconf旅行 7/20〜7/21
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
20日。市場が開いているのでちょっと見てきました。が、時間が早すぎるのか遅すぎるのか、ぽつぽつとしか開いておらず…。八百屋でトマトと果物、いつものパン屋でパンを購入。フランコ時代に作られた公園があるのですが、着想がいろいろ謎な植林です。松とかあるし。デデッポー。買い物してきたものを使ってテラスで朝食。服屋が開いていたので、長袖シャツを購入。
コルーニャに別れを告げ、マドリードへ。飛行機は遅れてるし、また荷物は出てこない…。30分ほどでようやく出てきて、タクシー30€でホテルへ。マドリードでDebconfに行く4人で集合するので、ホテルはアパートメントの部屋っぽいスイートのEspaホテルにしました。初日は私だけです。ホテルは少々くたびれていますが水廻りはリフォームされてるし、広々していてソファも気持ち良いです。プラド美術館の裏側の高級住宅街で、治安も(日の出ているうちは)良好。ネットが1日12€もする上に無線の入りが悪いのが難点です。今日はプラド美術館は休みなので、地理感をつかむべく、途中ATMでお金を下ろしつつ、ソル方面に散歩。昼食にパスタをカフェで食べたものの、スペイン人はアルデンテという言葉を知らない模様です。クリームじゃなかったらちょっと食えたものではないお味。ソルは一度来たことがあるのですが、現在は銅像一帯で大規模工事をしています。
ソル駅から地下鉄でアトーチャ駅。1€で乗り放題なので、大荷物とか貴重品を持ってるとかじゃなければ、市内交通は地下鉄が一番便利ですね。手ぶらだったし特に危ない目にあうこともなく到着。夕食にはバレンシア風パエーリャ。しかし、パエーリャはこの後も何度か食べるのですが、どれもいまいちおいしくないというか、米がうまくない気がしました。自分でジャポニカで作るほうがうまい。
21日。今日はiwamatsuさんとmkouheiさんが到着予定。なかなかこないなーと、ロモの残りとピクルスをつまみながら待ち。電話がきて、無事にお昼に2人到着。mkouheiさんもYoigo契約をしてきたのですが、なぜか着信のみしかできず、「受け専門」の称号を得ることに。
とりあえずメシにしましょうということで、バールでサンドイッチとオムレツ。
2人とも元気はあるよ、ということでせっかくここに来ているからにはプラド美術館に行ってきました。プラド美術館はガイドに載っている情報と違って、ノーフォト、写真撮影禁止でがっかり。ゴヤ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、ラファエロ、カラバッジョなど。どうもスペインの絵柄は濃すぎるかなぁ。ラファエロやカラバッジョのほうが私の好みのようです。ここに収録されているのはほぼ宗教画ですね。mkouheiさんはお金も携帯も水も全部預けてしまい、水を買えずに外でぐったりしていた模様。夜はソルへ。バールの並んでいるようなエリアも廻ったもののいまいち良いところが見つからず。少し道を変えて雰囲気が良さそうなバールで、マッシュルーム、チョリソーとガルバンゾ豆、サーモンパテ、焼き野菜、パン。どれもおいしかったけど、特に野菜が、野菜がうまいです! 単にオイルと塩かけてグリルされてるだけなのに、痺れます。
MAC認証で無線は1つしかつなげられないので、ホテルでは自分のマシンをゲートウェイにしてマスカレードしていました。適当に皆さん就寝。2つの部屋をつなげた構造なので、バスルームが2つあって便利でした。
スペインDebconf旅行 7/17〜7/19
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
スペインExtremadura州で開催されたDebconf参加がてら、xtakeiさんを訪ねてコルーニャ、観光にマドリードにも行ってきました。7/17〜7/31という2週間の旅程です。
スペインには直行がなく、経由便のみ。今回はスタアラメンバーだけれども安くて時間もなかなかお得なタイ航空を使ってみました。17日の夕方に成田を出発(ぎりぎりまでラウンジで仕事をしていたらあやうく乗り過ごしかねないことに…)。機材はだいぶくたびれぎみですが、通常3-4-3になっている中で後ろ数席のみは2-4-2になっており、この窓際シートだと、荷物がそのまま置けるくらいのスペースが窓との間に空いていて素晴しい。食事はeatable、ですかね。バンコクのスワンナプーム空港はかなりのダメ空港。無駄にだだっぴろくて免税店はどれもつまらず、おまけにトイレがやたら辺鄙で暗い場所にあります。日本人いっぱい。ところどころにお寺建築。ハラヘリになってしまったので海老のバジル炒めと紅茶を頼んだら、両方同じ値段でちょっとびっくり。3時間待ちの末、スペイン行きに搭乗。3-4-3の4の席ですが、隣がいなかったのでゆっくり寝てました。定刻より少し早く、18日朝にマドリードのBarajas空港到着。
前回来たときも同じ経験をしたのですが、Barajasの荷物出しはおそろしく怠慢・緩慢。皆いらいらしつつもピックアップしていく中、私の荷物が出てきたのは50分以上も経ってから。まぁコルーニャ行きの便までは時間があるので問題はないのですが…(むしろ1時間で乗り換えとかにしなくてよかった)。T1→T4へは上を見ても案内がないのですが、インフォメーションで聞いたところ、バスで移動するとのこと。これがけっこう時間かかります。T4は前にも使ったので馴染み深い。あいかわらず何もないところです。英語でといったら困った表情の係員と話しつつ、チェックインを済ませてフードコートで軽食。クラブサンドは外れ…。コルーニャへの飛行機はかなり狭く、寝る以外何もできないですね。出発時間は遅れたものの、1時間ほどで到着。荷物もすぐ出てきました。xtakeiさんと合流。到着が遅れたせい(往復のたびに遅れていくので、定刻どおりに飛ばせることはほとんどないらしい)でバスが行ってしまい、50分ほど待ち。市内に到着し、Hespediaホテルにチェックイン。テラスもあってなかなか良い雰囲気です。今回はyaegashiさんからAndroid G1携帯を借りていったので、スペインで使うのにお得なプリペイドとしてYoigoで20€契約。1日1.2€でデータ通信使い放題なのでGoogle系アプリを使うのにかなり便利。それから街の中心となる市役所、ビーチなどを案内してもらいました。この日は小雨。けっこう寒く、ビーチにもさすがに人がいません。ランチタイムを過ぎてしまったので、パンを買って軽くつまみ。なにげないけどこれがうまいんだなぁ。
路面電車で、コルーニャの名所の1つ、ヘラクレスの塔へ。どうみても小錦です。登れるということでがんばって登ってみました。がんばって登ってはみましたが、何もありません(笑)。コルーニャを一望。むしろ降りるときにすれ違う場所がほとんどないのでそっちで時間を食っていたともいえます。デポルティーボの旧練習場ということで、この日はアマチュアチームがサッカーをしてました。凧揚げ大会もやっています。
夕食は市役所まわりをさまよった末の1軒に。
写真はいわゆる「タコのガリシア風」ですが、さすが本家、驚愕の美味さ。ねっとりやわらかとろけてじわーっというタコと、パプリカの風味がたまりません。ほかにはグリーンサラダとグリルドチョリソー。どちらもうまい。コンビニエンスストアのOpenCorで水や明日の朝食用のサルシチョンを購入して18日は終了。
柔らかいベッドでぐっすり眠って、19日。朝食は市場近くでパンを買ってきて、昨日買ったサルシチョンと一緒にテラスでサンドイッチ。この日は日曜日なので、市場が開いておらず、トマトを買ってこれなかったのがちょっと残念でした(服もほしかったんだけど、日曜日は本当にどこも開いてない…)。しかしこのサルシチョンは本当にうまいなぁ。半分くらい残すつもりが全部食べてしまいました。xtakeiさんと合流してビーチ見物に。ビーチは細かな白い石でできていて、すごく綺麗。砂浜から少し離れた岩場でぼーっとします。ビーチバレー大会が開催されていました。昼食にピッツァ。ハモンとチーズとトマトのシンプルなものですが、ボリュームがあってうまいです。
どんどん天気はよくなってるし、このビーチに入らないのは冒涜というものなので、水着に着替えてビーチ。ラテンの国なのでトップレスの人は普通にいますが、そのうち見慣れます。夕までずっとビーチで過ごしました。が、足に日焼け止めを塗るのを忘れていたため、このあとたいへんなことが…。
OpenCorで買い物をしたあと、夕食。スペインのセルベサ(ビール)は日本人好みかつキリン・アサヒとは違うコクのある味で、どこで飲んでも実にうまいです。スペインにきたらビールを飲むべき。特にここで飲んだEstrella Galiciaは美味。イカリング、蒸し海老、シーフードコロッケ、ピーマンのグリル、ムール貝、鶏肉グリル。どれもなかなかの味ですが、特にピーマンは野菜不足ぎみだったんでうまかったです。今後の旅程でも全体に野菜はあまり出てこなかったですね。













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